さて、トークセッションに登場する予定でありながら、後半にわずかに参加する形となった今西監督は何をしていたのか? そして、上映が遅れた舞台裏では何があったのか? その顛末をレポートして行こう。
当日10時にイベント開始予定だっため、9時頃に現地入りしていたスタッフはさっそく機材チェックを行った。
そして、思いもしない悲劇が訪れる。
なんと使用するはずの上映機材にトラブルがあることが判明したのだ。
もう上映まで1時間もない。あわてたスタッフは急遽代わりの機材を調達すべく、横浜界隈の映像機材のレンタル会社をあたるも、運悪く土曜日であるため調達が不可能。
「上映中止」
この言葉が現場のすべての人間の頭をよぎった。
ただ一人あきらめない男がいた。
監督である今西隆志だった。
「サンライズD.I.Dから機材を持ってこよう」
東京、上井草のサンライズD.I.Dから陸送しようと言うのだ。しかし、これには少なく見積もっても2時間は必要だった。
もはや万策尽きようとしている所に朗報が入った。
「イベントの時間を調整すれば、1時15分からならば上映が可能です!」
当日SF大会に参加していた『MS IGLOO』で設定考証を担当する永瀬唯氏が、プロデューサーである井上幸一氏に協力する形で、SF大会の実行委員会との交渉に成功したのだ。恐るべし『MS IGLOO』の人脈。
ここに、30キロを超える一大陸送作戦が展開されることとなった。
この日、不眠不休の不夜城として知られるサンライズD.I.Dとそのスタッフたちは、珍しくつかの間の休息を得ていた。
各々が自宅で久しぶりのリラックスした時間(=つまり寝ていたのだが)を過ごしていた時に今西監督から緊急入電が入る。